同盟物語第20話:灰燼の英雄と最後の戦い ―第三章 神裸万象―
今回は、「灰燼の英雄と最後の戦」の筆者であるゆきぞーさんより、同盟「鳥獣戯画」の軍師として、続編となる第三章「神裸万象」をいただきましたので、お届けいたします。
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強くなりたい、強くなりたい。その思いは日に日に大きくなっていた。
この世界で天下を取る為には何が必要か。個の力か。はたまた統率された集団か。陣容なのか戦略なのか。答えは見つからずとも、歩を進めるしかない。時は待ってはくれない。今この一瞬、一秒も、時は刻まれ続ける。だとするならば、その有限である時を何かに費やさねば、今の弱いままの自分が未来に存在する事になる。苦しみから逃れ、今の自分が幸せだと感じるのならばそれもまたよき。だが、理想とする自分が他にいるのならば、そこへ辿り着く努力をせねばならない。道がわからぬのなら尋ねればいい。勝手わからずとも歩を進めればいい。たとえ遠回りでも今いる場所、そして向かうべき場所が自ずと見えてくるだろう。今立ち止まる理由は何も無いのだ。強者達はそこに辿り着くまでに様々な努力をしている。相応の時間を費やし情報を集め、幾つもの取捨選択の上、最善の道を模索する。まずはその者達を真似てみよう。たとえ上手くいかずとも、きっとどこかに道は繋がっている。
そして時を越え、私は軍師として戦場を闊歩する。大部隊を率い、目指すは頂上。たとえそれが辛く険しい道だとしても、進み続ける事が灰燼へのはなむけだった。一度別れようともまた再び盟友達と共になれる日を願って。
ザクッ…ザクッ……
降り積もった雪の中を、進み続ける。振り返って見れば無数の足跡が地平線の彼方まで続く。
悴んだ両手を擦り合わせる。白い吐息を吹きかけながら、何度も手を揉む。冬の峠越えは過酷を極めていた。
「しっかしさびぃなぁ〜。こん前まであったかい日が続いちょったろう。いきなしこなさぶくならんでもなぁ。」
「無駄口を叩くな。後でくたばってもおぶってやらんぞ。」
「へぇへぇ。それにしても大将さんはどこまで行くだっぺか。儂らにも教えてくれんと、もう気力も持たんぞぉ。」
「それは軍師様が決める事だ。俺らはそれに従うだけ。日没までにもう一峠越えるぞ。黙って歩け。」
「あい。わかりやしたよ〜。はぁ。ふぅ。」
ザクッ…ザクッ……
幾日も幾日も行軍は続く。
夜の行軍は更に辛い。一寸先は闇とはよく言ったものだ。足元もろくに見えぬ中、野犬や野獣に遭遇する危険さえある。松明を掲げながら、慎重に暗い夜道を歩く。
「はぁ。ひぃ。ふぅ。」
ザクッ…ザクッ……
「なぁ。おいらもう限界じゃあ。」
「儂ももうだめじゃあ。」
「お前等もう少し気張らんかい。あともう少しで着くぞ。」
「ひぃ。ふぅ。はぁ。」
視界の先に松明ではない明かりを見つける。
「やっと着いたかぁ?早くあったまりてぇなぁ。」
「先鋒隊!偵察に行け。」
「はっ。」
「やっと野宿から解放だなぁ。」
「おまえ、屋根ある所ではちゃんと厠で糞するんだぞぉ。」
「そりゃ、あったりまえじゃねぇかぁ。お天道様の下でするのもたまらんけどなぁ。へへへっ。」
「まったく…お前らは少し黙っとくって事ができんのかい。」
先鋒隊が戻ってくる。
「異常ありません。村民は我ら軍勢を歓迎してくれる模様。」
「よし、まずは荷馬車を柱に繋げ。」
「はいよ〜っと。」
「お前等は積荷を見ておけ。村長を呼べ。」
「はへっ。」
「おいおい、こんな所にずっといたんじゃ体悪くしちまうよぉ。」
「しっ。聞こえちまうだろうが、馬鹿野郎。」
「やっとゆっくりできると思うたのに、とんだはずれくじ引いちまったもんだ。」
………
「まだ一日休んだだけぞぉ。」
「ふぃ〜。でもあったけぇ湯に入らせてもらったでな。バシバシ元気いっぱいじゃぞぉ。」
「儂だって負けとらんぞぉ!ほれ!こげな荷物儂が全部運んじゃるわい!」
「ま〜た、そんなに体力の無駄遣いしおって。戦場で動けなくなっても知らんぞ。」
進軍を急ぐのには理由があった。
洛陽は既に武装戦線のものとなっていた。そして竜虎、武装戦線、コアラによって、関中・司隸の主要都市はことごとく占拠されていたのである。
これに対するは江漢、析県より進む夢の大連合軍。関中の大戦で竜虎・武装戦線に惜しくも敗戦を喫した七朝の午後。休戦協定により関中への不可侵を約束され、後に解散の道へ進む。その大きな心を受け継いだ鳥獣戯画を筆頭に、義を重んじ、最前線での一騎打ちに命運を賭け己の筋を通した武人衆、お宿モスクワ。そして江漢で虎視眈々と力を蓄えていた鬼鴨皇国が手を組み洛陽を目指していた。
そして進む道は司隸だけではない。関中入りを模索する同じく江漢の神裸万象。山東から河北を見据える天之鳥舟。加えて関中の大戦で七朝の午後と道を共にした西涼の涼州Revは、巴蜀に残るコアラを狙っていた。
虎牢関を目指し連合軍が司隸を進む中、涼州Revが全面戦闘の口火を切る。コアラへの宣戦布告と同時に歴城を落とし、巴蜀に侵攻。その勢い止まらず、巴蜀の州府・成都に迫る。たまらずコアラ助太刀に竜虎が巴蜀入り。すると今度は西涼と関中を繋ぐ関・散関を落とし関中に侵攻する涼州Rev。少数精鋭、見事な立ち回りで敵を撹乱する。
司隸を進む連合軍は敵連合軍の猛攻を受けるものの、一歩ずつ着実に虎牢関と孟津に迫っていた。神裸万象は鬼鴨皇国の別働隊と共に関中と江漢の関・上洛を攻め、天之鳥舟は敵軍出生地である河北への侵攻を始める。
しかし、これだけの大連合を前に一歩も引かない竜虎・武装戦線。虎牢関、孟津、上洛…いくつもの関を巧みに守り抜くその姿は、まさに強敵と言う名に相応しい相手だった。これだけの広がった戦線に、これだけの兵数差。何をどうしたら守り抜けるのだろうか。問題なく進むだろうと思われた関越えも、予想とは裏腹に困難を極めていた。
来る日も来る日も攻城は続き残された時間が少なくなっていく中、ようやく戦況に変化が訪れる。上洛突破を皮切りに、虎牢関、加えて孟津の攻略を次々に成功させていく大連合軍。しかしあくまで関を手に入れただけに過ぎない。大きな一歩である事に違いはないが、この先洛陽までの道のりはまだまだ険しいものであった。
関中に入った神裸万象・鬼鴨皇国は関中内の敵領地を奪い、補給路を断っていく。
虎牢関を破ったお宿モスクワは敵城を乗り越え、埠頭を占拠。更に続く敵城群のその先、洛陽を目指す。
そして孟津を手に入れた鳥獣戯画は函谷関に向けて修羅の如く猛進する。
各地での激戦には終わりが見えなかった。この大戦闘が未だ続く中、いつの日か停戦協議が開かれる。数日後、司隸・関中での不戦条約、竜虎・武装戦線・コアラ連合軍の洛陽明け渡しが取り決められた。代わりに関中の不可侵と資源地の返上。そして州府の確約が条件だった。結果夢の洛陽を手に入れる資格を持つのは鳥獣戯画・お宿モスクワ・鬼鴨皇国の三同盟。そこに神裸万象の名前はなかった。
第一線での実績の無さ、所属同盟ではない洛陽占拠…葛藤は大きくあったが、鬼鴨皇国と道を共にと謳った同盟の意義として、鬼鴨皇国への移籍、洛陽攻略参戦を決めた。
日時を決め、三同盟一斉の洛陽攻城が始まる。鳥獣戯画は灰燼・不死鳥の心を受け継いだ由緒正しき同盟。勝手知ったる盟友が多数在籍していた。お宿モスクワは相手方との親交が深かったものの、非難顧みず大連合の一員となってくれた漢の中の漢。その恩は計り知れない。そして今自身がいるは鬼鴨皇国。決断したはずなのに…この後に及んで自分の気持ちと戦っていた。
そして洛陽は鬼鴨皇国のものとなる。
あれほど夢に見た洛陽を手に入れたはずなのに、どこか他人事のような、自身が関わるべきではないとでも思えるような、複雑な気持ちで得た初めての洛陽だった。
その後、涼州Revの盟友から救援要請が届く。なんと西涼・巴蜀、加えて涼州Revは休戦協定の範囲外だったのである。司隸での戦闘が終わった今、関中連合の大剣・竜虎の血は煮え滾っていた。対涼州Revを掲げコアラ救援に本格的に参戦したかと思えば、あれよあれよと言う間に涼州Revは関中からの撤退を余儀なくされ、巴蜀に広げた領地もすべて奪われていく。戦線は西涼にまで迫り、残る頼みの綱は歴城の防衛だった。
すぐに助けに行かねばと気持ちばかりが早まるが、江漢から西涼への道のりは遥か遠く険しいものであった。きっと相手もそれを理解していたに違いない。本気で来るとは思っていないだろう。だが、ここで行かねば友ではない!自身の高ぶる気持ちを抑え、行く道を模索する。
まずは鳥獣戯画の盟主に領地貸借の打診をした。快い返事が来たが、それでも道は開けない。恥を忍び武装戦線の盟主にも連絡を取る。ただただ西涼に行かせてほしいのだと。だが武装戦線はこの時、河北にて鳥獣戯画との戦闘を再開していた。加えて涼州Revと戦闘中の竜虎とは一心同体の相棒でもある。たった一人の願いとは言え、賛同すれば敵に塩を送る形になってしまう難しい立場だった。それでも藁にもすがる思いで頼み込む。真摯な対応を受けるが、たとえ武装戦線の力を借りようとも西涼へは届かない現実を知る。どれだけ探そうとも道がない…。それでも探す。探し続ける。それが自身の輝ける道だったから。それが心の底から願う希望だったから。
数日後、涼州Revの奮闘虚しく歴城は陥落し、西涼の州府・天水目掛けてコアラの行進が行われていた。更には多数の放浪軍も天水を狙い天水北西部に集結。
もう諦めるしかないのか…最後まで挫折の日々だった。自身の存在価値に悩み、正義を掲げる事がどれだけ難しい事か思い知らされていた。そんな中、鳥獣戯画盟主より思いがけない一報が入る。
「そなたの西涼行き、力になれるやもしれぬ。」
「真でござるか?!」
心躍る程の感激だった。感謝の言葉を伝えるや否や関中を抜け鄜城(ふじょう)北、河北の地へと部隊を動かす。
鳥獣戯画に移籍後、盟友達との再会を喜んだのも束の間、後ろ髪引かれながらもすぐに次の移籍準備に取り掛かる。西涼内唯一の鳥獣戯画の統治城・臨戎(りんじゅう)を経由し、天水へ向かう。天水周辺は涼州Revの面々により要塞化してあり、中には入れない。天水東、少し北の領地を確保する。そしてとうとうこの長き道の願いが叶う。遷城と同時に涼州Revへの移籍も完了し、この瞬間より天水東の対コアラ戦線における最前線部隊の一員となる。
「遠く江漢の地より、盟友の為助太刀に参った!」
「行くぞ!皆の衆!!」
天水を守る。盟友の誇りを守る。洛陽攻略の時よりずっと気持ちが高ぶっていた。
「よっしゃあ!やっちゃるぞぉぉ!」
「今本気出さんでいつ出すんじゃぁ!!」
自軍部隊はどんな時よりも輝いていた。
「行くぞぉぉぉ!!!!」
東の埠頭前での激戦が始まる。一時敵の行軍を留めたものの、北西の放浪軍の圧力凄まじく、東に駐屯できる友軍部隊も限られていた。自身の参戦ですべてが覆る訳もなく、無念にも天水方面への侵攻を許していく。そして敵部隊の進軍は天水入口、かの伝説の大将軍居城跡地前に建てられた涼州の語り部主城に届き、兵器部隊を加えた攻城が今まさに始まろうとしていた。
「もうこなもん来てられっか!!」
綿と布で作られた厚手の上着を放ると筋肉隆々の屈強な身体が露わになる。いつぞやかのあの優しそうな顔をした老兵はどこかへ消え、鋭い眼光を持った、歴戦の猛将がそこにいた。
「誰が為の戦ぞ!共に戦う仲間の為?守るべき家族の為?国の為?否!!すべては自分自身の為ぞ!!守りたい人を守るため。守りたいものを守る為。儂は儂の為に戦う!!!」
寒空の下、裸の上半身からは蒸気が溢れ出ていた。一介の老兵士を将軍に見間違えるには充分な気迫と風貌であった。神裸万象で培った心と魂は兵士ひとりひとりを強く逞しく輝かせていた。
「儂の大切なモノを傷つけて、タダで帰れると思うなぁぁぁ!!」
ふと眼前にいつかの場面が蘇る。四面楚歌の境地に立った灰燼の英雄達が、天水を守り光り輝き散ったあの瞬間。無我夢中で部隊を動かしたあの瞬間。その一瞬一瞬が走馬灯のように頭を駆け巡る。天水には不思議な力がある。弱い自分にも自然と勇気が湧いてくる。あの日叶わなかった想い。できることならば盟友の矛となり盾となりたかった。盟友を守りたかった。共に明日を迎えたかった。でも…何もできなかった…。だけど今は違う。何も知らず何の力にもなれなかったあの時とは。
そして盟主、副盟主による素晴らしき指揮の元、精鋭達が西へ東へ縦横無尽に駆け回る。もはやここが洛陽なのではないかと錯覚する程の、両軍想い溢れる激闘が繰り広げられていた。
ここに結末はない。敵だろうが味方だろうが、その勇姿を称え合ったと、誰かが言っていた。
強き者は、心が強いのだと、そう思う。心弱き者を支えてくれる。導いてくれる。自分もそんな存在になりたいと、天水の空に願いを込める。
これが、天水に伝わる数ある伝説のひとつ、裸の神様の物語。
今度はあなたの物語を紡いでほしい。あなたの心にあるその想いをありのままに。
おしまい
同盟物語第7話はこちらをご覧ください:
https://sangokushi-wiki.qookkagames.jp/#/article/1012/8980
同盟物語第14話はこちらをご覧ください:
https://sangokushi-wiki.qookkagames.jp/#/article/1012/10045