プレイヤー創作オリジナル小説:山東物語(上)
プレイヤー創作オリジナル小説:山東物語(上)
サーバー44 昇龍さん
ゲーム体験を元にしたフィクション作品で、登場する人物などはゲーム内で実在しているキャラとは関係ありません
・プレイヤーの一人であるサーバー44・昇龍さんから『三國志 真戦』の戦いからヒントを得た、オリジナル小説が届きましたので、公開いたします。
『三國志 真戦』戦略家幕舎では、今後も優れたオリジナル作品を紹介していく予定ですので、作品を応募したいプレイヤーの方は「sangokushi_toukou@qookkagames.com」までご連絡ください。
【第一章】
「こんな時代なんだけど」
女王は、唐突に口にした。重臣たちとの打ち合わせを兼ねた会食の席。今後の国の方針について諸将が意見を交わす中、それまで静かに耳を傾けていた女王が静かに語り始めた。
「こんな時代なんだけど、笑顔を忘れずに居たいんだよ。これまでも苦労を重ね、皆にも苦汁を舐めさせてしまったから、何を呑気なと言われそうだけど。私は、笑顔でいたい。いや、皆に笑顔になれる瞬間を、無くさないで欲しいんだ。」
それは初代の王・弩洲公の教えでもあった。礼節と協議、優しさと笑顔。戦乱の中においても、人としての心を失ってはならない。智将として名を馳せ、幾多の戦略・計略を生み出した弩洲公ではあったが、冷徹になることができず、大国に従いながらも、常に仁義と礼智を重んじて、国を安定させてきた名君である。心労から隠居となり、その跡を引き継いだのが叔父の波羅派覇公、そして今は娘の惹州公が女王として国を率いていた。
席を囲む諸将は、初代・弩洲公の時代から仕えていたものが多い。殺伐としかけた会議の席での、惹州公の言葉に、多くの将は、彼女の少女時代の屈託のない姿を思い出して、ふっと顔をほころばせた。
「殿のお言葉、まさにその通りですな。」丞相を務める櫂が、真っ先に口を開いた。
「まさに。最悪の事態ばかり想定して、議論が陰鬱になってしまいました。」大将軍の良が続く。
「楽しさを忘れるな。初代の戒めでございましたな。私も、他国との交渉の際は、心の隅に常に置いておりました。」大鴻臚の司貴も賛同する。
末席では、老臣・昇が安堵の息をつく。昇は初代王の碁友である。
「では、改めて話を進めようぞ。その前に、殿がご用意下さった料理を頂こうではないか。」櫂の言葉で、場は和み、戦時と思えぬ、豊かな時間が流れた。
当時の山東は、列強が入り乱れていた。親交を交わす国ばかりでは無く、今まで名を聞いたこともない国が勢力拡大に奔走していた。友好関係にある国とは、大鴻臚が舌鋒を尽くして調整を行っていたおかげで争いはなかったが、その他の国々は、友好を口にする国、その国との因縁を抱えて敵対する意思はないと言いながらも、小競り合いをふっかけてくる国など、様々である。未だ、漢王朝は力を残しており、司隷・関中・江漢への進出はままならぬ中、限られた資源を求めて、それぞれが疑心暗鬼に取り憑かれ始めていた。
【章末】
【第二章】
当面の議題は、州内の各郡への移動経路の確保であった。
それぞれの将が、領地の増強に努める一方で、国として山東を制圧し、いずれは他州へ進出する。そして、放浪軍の発生も予想される中、仲間たちが幕閣の号令の元、集団として行動するには、各郡への移動の為の拠点が必要であった。そして、大地を繋ぐ埠頭の確保も初期の課題であった。
ある日、惹州公から号令が降る。
「明後日、各地の埠頭攻略を始める。手始めに、下邳郡と淮南郡を繋ぐ中央の埠頭を。参陣できる者は名乗りを上げよ。」
当初、幕閣の中には、それぞれが力をつけ始めたばかりで、この埠頭攻略の成否も不安を持つ者もいた。しかし、惹州公の声に応える諸侯の対応は想像を超えた。
「下邳地方、殲滅部隊5、攻城部隊7!」
「淮南地方、殲滅部隊3、攻城部隊5!」
汝南、弋陽、穎川、泰山、そして北海からも参陣の報告が相次いだ。
「殿、これは。」大将軍・良が口を開く。
「淮南の中央、他の埠頭も、一気に落せますぞ。」
淮南郡は、水豊かである反面、多くの川に分断されていた。中でも中央部には大きな中洲があり、ここを通過するか、迂回するかは、大きな問題であった。
「殿、行きましょう。これは大いなる挑戦。成功すれば、諸将の意気や必ず上がるでしょう。失敗してもこの挑戦は、諸将に再戦への意欲を残します。」老臣の昇が静かに述べる。
「よし、行こう!私は皆を信じる!」
惹州公の決断は、潔かった。その勢いのまま、淮南中央部の全埠頭攻略の命令が下った。
昇の見込みどおり、諸将は準備万端整えて、大将軍の指示の元、各所に兵を派遣した。この時、淮南中央以外にも、兵を参集させる事ができると判断した良は、汝南の埠頭へも兵を配した。狙いは、一夜にして6埠頭の攻略。しかし、この時点で、作戦の成否に不安を抱く者は一人もいなかった。
大将軍・良の号令一下、大攻勢が始まった。その進行速度は目を疑うばかり。凄まじい速さで埠頭を落とし、次へ移動し、そして次へ。
かくして、6埠頭同時攻略作戦は、成功のうちに終わった。これは、この国の人の繋がり、それぞれの勤勉さの結果であろう。
「さてと。」惹州公は、溌剌と、笑みを浮かべながら続ける。
「次は拠点となる城の攻略だね。みんな、引き続き、力を貸してね。」
「おおおおおおお!」
戦終わりの疲労感など、霧散するごとき、勝鬨であった。
【章末】
【第三章】
山東は、国々が良い関係を築き、各郡の城を制圧して相互の行動力を高めていた。
山東335。西涼155。巴蜀152。荊楚139。河北118。江東70。これが当時の各州の勇者の数であり、これから見ても山東は安定勢力であると誰もが思っていた。
この物語の中心となる国須哩も、山東第一であり且つ全土で第一位を誇る国「府王皇海」とは兄弟のような友好を結んでおり、山東の制圧が落ち着いた頃、隣の豊かな大地である江漢への進出を始めていた。
しかし、予想を覆す事態が起こった。
それぞれの州が自領の制圧を進めていると思った矢先、西涼が河北と大同盟を結んだ。西涼と河北を結ぶ陰山の関を、河北は無血開城して西涼軍を河北に迎え入れ、合力して山東への進出に移った。
資源州である関中ではなく、山東へ。
「殿、想定外のことが起こりましたな。まさか、この時期に北の2州が手を結ぶとは。」
「でも、ありえるね。西涼と河北を合わせれば、勢力は260を越える。河北単独では挑めなくても、山東に挑む姿勢を見せることは可能でしょ。」水浴の衣を選びながら、惹州公は続ける。
「それだけ、山東を警戒してたってこと。期待に応えるように、力をつけましょ!」笑顔を見せながら語る惹州公の姿に、動揺した重臣たちは落ち着きを取り戻した。
河北と山東を繋ぐ埠頭は二つある。白馬と高唐。二つの埠頭に河北・西涼連合が襲いかかった。山東勢は資源州・江漢への進出と両面展開で、両埠頭の支配権を争ったが、まず白馬が、河北・西涼連合の手に落ちた。そして高唐は、北からの侵攻が始まったのを見計らって、山東からも攻めた。山東の兵力は10倍であったが、高唐も最後のトドメを奪われて、北の手に落ちてしまった。
誰もが二つの埠頭からの侵攻を予想して身構えたが、小手調のごとき突撃が数度あるばかりで、大規模な侵攻はいつまでも始まらなかった。
須哩の大将軍・良はこう分析した。
「北側が埠頭の確保にこだわったのは、侵攻のためではなく防衛のためではないだろうか。古来、城は攻めるに難く、守るに安し。向こうは、背後から山東に攻め込まれぬように防衛の陣として埠頭を取ったのではないか。」と。
この分析を作戦会議は承認した。
そこで、しばらくは北面の二つの埠頭は府王皇海の親衛隊が守りを固めることとして、須哩の諸将は、江漢を南下し、新天地・江夏へと兵を繋いだ。
皆の努力の甲斐あって、豊穣の地である江漢・江夏への道筋ができた。多くの将が根拠地を江夏へ移すなどして資源獲得と自身の兵の育成に奮闘した。
しかし、暗雲はそこまで迫りつつあった。
【章末】
【第四章】
須哩の諸将は、山東防衛も行いながらも、資源州への移転を進め、順調に国力の増強が進むはずであった。
しかし、世情はまたしても予想を裏切る。巴蜀第一の国が、西涼へ兵を進め、巴蜀・西涼・河北の大連盟ができつつあった。「府王皇海」が、白馬を奪還したものの、北西大連盟を後ろ盾に、河北の高唐への侵攻は、連日のように行われ、大いに須哩を翻弄することとなり、国力増強は暗礁に乗り上げた。
高唐埠頭近くに防衛戦を張り、侵攻を防いでいたが、多くの将が本拠地を南の江夏へ移したことから、高唐への移動距離が伸び、兵站の維持が苦しくなった。遠征後の疲れも癒えぬまま、埠頭を拠点に体力の豊かな敵と対峙することは、じわじわと須哩の諸将を苦しめた。
各地の諸将から、苦境を訴える声が宮殿へも届けられた。
ある日、幹部は慎重に審議を尽くすこととなる。
諸氏からの報告を受けた後、大将軍の良が、苦渋の表情で惹州公に告げる。
「現在、高唐において、敵に争うために多くの将が主力を派遣しています。それもあり、兵の訓練が思うように行っていない状況があります。高唐に対する彼我の本拠地からの距離に大きな違いがあり、言ってしまえば、大変不利な戦場に兵を投入する形になっています。」
良の声が止まる。指揮官として、屈辱的な提案をしなければならないからだ。
「ついては、高唐での勝利にこだわることをやめましょう。前線の撤退を覚悟して、各将が、兵の訓練に充てる時間を保障したいと考えます。」
良の眼からは、怒りと理性の鬩ぎ合いが読んで取れる。これまで、将兵の先頭に立って剣を奮っていた良からすると、悔しい戦略の変更である。しかし、民の事を思えば、選ばざるを得ない。
皆、その決意を感じてはいたが、声が出なかった。
その時、先日、太尉を拝命した、老臣・昇が口を開く。
「太尉として、全面的に大将軍の案を支持いたします。」
諸将の顔に覚悟が伝播した。
それを見た惹州公が決断する。
「そうしよう。高唐前線の撤退も含めた維持は、足場部隊の投入で凌ぐ。それよりも、諸将の兵の鍛錬、強化を優先しよう。大丈夫だよ、これまでもなんとかなってきた。みんなと一緒なら、いくらでも取り返せる。今朝の饅頭はとても美味しかった。食べ物を美味しいと感じる余裕が、私たちにはまだあるから。大丈夫。」
そう述べた後、とても晴れやかに笑顔を見せた。自国の将・民の結束を心から信じている笑顔である。
「みんなで乗り越えようね。やる事はわかったよね。信じてる。よろしくね。」
【章末】
【第五章】
高唐の埠頭に関して一進一退を覚悟した須哩の面々ではあったが、初冬のある日、思いの外、兵が集まった。
「ねぇ、今日、結構押せるんじゃない?」惹州公が呟いた。
埠頭から二十里ほど後退させられていた前線ではあるが、惹州公の、先の決断が功を奏し、諸将の隊育成が進んでいるのか、なるほど埠頭防衛に派遣された軍団の質が高い。士気も高く、数もほどよく集まっていた。
「試してみましょう。」太尉の昇が輿に乗った。物見のしらせによると、右側の丘の向こう側から、友軍も攻め上がってた。物見をふたたび放ち、友軍の北上の状況を適時知らせるように指示した。
輿の上から指示が出る。それを伝令が早馬にて各部隊に伝える。
「兵列を整えよ!横一文字に展開。突出するな。一斉に徐々に押し込む。」
「戦線の維持が第一。試し撃ちは良いが、玉砕突撃は厳に禁ずる。」
「右翼の防衛陣が堅固。左翼、回り込め。されど、あの防護柵までは進むな。」
「闘虎殿、兵力はいかがか。」
昇の連隊の副隊長・闘虎が答える。
「充分に鍛えたものたちが揃っております。」
闘の目に自信を読み取り、昇が命ずる。
「では、右翼の防護陣の壊滅を命ずる。」闘虎「御意!」
じりじりと前線を押し進めていた須哩の軍団から、戦鼓を打ち鳴らしながら一団が進軍した。急な突撃に敵兵がたじろぐ。
交刃一閃。敵の将に闘虎が攻めかかり、その首を一刀のものに切り落とした。敵、防護陣の兵達は我先にと逃げ始めた。
「今だ!全軍前進。」
一進一退はありながらも、須哩の諸将は津波のように、前線を押し上げる。
「強兵、襲来。」物見が告げる。
「一度、退け!誘い込み敵の体力を消耗せしめよ。」「玉砕はならぬぞ!」
勢いよく突撃してきた強兵ではあったが、気づくと周囲は全て須哩の兵。数合交わしたのもの、足並みが崩れる。
「殲滅!」号令一下、自軍諸将が殺到する。敵は壊滅撤退となった。
そうこうするうちに、丘東側の友軍も時を同じくして攻め上がり、丘の端で合流となった。
「時や良し。全軍、押し込めぇぇぇぇ!」「うぉぉぉぉ!」
気がつくと、埠頭から二十里も下がっていた前線が、一日のうちに埠頭まで四里の位置まで押し込んだ。
「埠頭まで行ける?」惹州公が尋ねる。
「いや」昇が囁く。
「兵の疲労も溜まっております。彼らは自覚しておらぬでしょうがな。今、無理をすると、綻びが出ます。本日はここで防御線を張り終わりと致しましょう。」
昇がひとしきり咳き込んだ。輿を下げさせ、防御布陣の指示を出したのち、後の処理を若き将に任せて陣から引いた。
「やれやれ、老骨に鞭を入れすぎましたな。しかし快哉。殿の先の判断が大いに活きました。感謝申し上げる。」この日の反攻戦は、将兵に大きな自信となった。
【章末】
【第六章】
須哩が交流を重ねていた「府王皇海」は、伝統に裏付けられながら、堅実・懸命な努力を重ねていたので、大陸一の勢力と武力を兼ね備えていた。交流の浅い、河北・西涼・巴蜀・荊楚の主要同盟は、歴然たるその力の差に、恐怖を抱いていた。
その頃、河北の国の密室で、次のような会話が交わされていた。
「しかし、府王皇海との力の差は、なんとも埋め難いですな。」
「忌々しい。」
「私に、一計がございます。府王皇海が悪の帝国であるという噂を広めましょう。山東の近しい国はともかく、西涼・巴蜀・荊楚の諸国は、積極的にこの噂を信じるでしょう。」
「で、どうするのだ。」王が尋ねる。
「諸国の矛先を、府王皇海に集中させるのです。悪の帝国を打倒するという大義があれば、結束は容易いでしょう。」
「しかし、実際の府王皇海は、そのような国ではないぞ。信じさせられるのか?」
「皆、信じたいと思いますよ。大衆心理というものです。それぞれがそのように思い込むことで、自分のしたい事を正当化する。人間の愚かさにつけ込むのです。」
陰湿な策謀の空気が場を支配した。
「しかし府王皇海が倒せたとして、その他の国の力は、横並び。大乱となるのではないか。」
「そこは抜かりありません。洛陽に一番近い場所に我々が陣を張るのです。戦力を温存しながら、あたかも先頭に立っているかのように振る舞って、他州の国に兵損を重ねさせましょう。」
「なるほど。」
「しかるのち、戦力にゆとりにある我らが、次の標的を示しながら、潰していけば良いのです。」
「気づかれぬか。」
「他国に、大した知恵者はございません。子供を煽動するようなものですよ。」
しばらくして、全土に「悪の帝国・府王皇海に誅伐を」という噂が広がり始めた。それまで自国の開拓繁栄に努めていた国々もこぞって、江漢への進出を決定した。中には、府王皇海たちの故郷である、山東への進軍を始める国もあった。
密室の悪巧みが、全土を壮大な戦乱へと導いていく。
一方、須哩には知恵者がいた。この動きを早くも察知して、今後の対応を急いだ。
まず、膠着している前線の放棄。諸将の集合移転による防御体制の構築。要所の防衛。結束力に誇る須哩の動きは迅速だった。中には、城の都合でなかなか動けない者もいる。彼らを守る為にはどのような手立てが必要か、その審議にも長い時間が費やされた。
みんなが笑顔で生き残る。その方針に揺らぎはなかった。
【章末】
【第七章】
衰えたりとはいえ、漢王室の威光は民にはまだ十分に影響があった。力をつけたとはいえ、各地軍閥(国)は、漢王室の意志に反した振る舞いは、民衆に理解されず、「大義」とはならなかった。
中華の大地には、八つの州があり、それぞれの州都は未だ漢王室の支配下にあった。そして、それぞれの州都領主が、それぞれの勢力に対して、国としての体裁を保つことを命じていた。
つまり、王室の勅命を受けて行動する君主によって支配されていない勢力は野党とみなされ、天下万民の敵として、これを殲滅するものに「天下の大義」が与えられた。
しかしある時、宮殿の奥で皇帝がこのようなことを口にした。
「いずれ、いずくかの国が、州都を占拠した時、王室の威光は終焉を迎えるであろう。王室の命を受けず、自由に動く軍勢を、もはや野党として討伐させることも叶うまい。それらの軍勢を「放浪軍」として認めて尊重しなければ皇家の存続は叶うまい。」
人の口に戸は立てられぬ。宮中の奥で発せられたこの言葉も、宮殿を抜け出て、諸国人民の知るところとなった。
王室の支配を逃れるには、州都を奪うしかない。と。
河北のとある謀略により窮地に追い込まれつつあった大国「府王皇海」は、この道を起死回生の一策として検討し始めた。彼らの将兵は、もはや城や領土に固執せずとも、その腕一つで生き抜くことが可能なほどであった。
国としての形が枷となるなら、いっそのこと。
「府王皇海」がこの手段を実行に移すという確かな裏付けはどこにもなかったが、「府王皇海」を追い詰めながら周囲の国々の方が、その可能性に怯えていた。
もしも、あの国が放浪軍として、中華全土を自由に駆け巡り、恨みを買った国がイナゴの大群に襲われるが如く蹂躙されるとしたら、もう二度と枕を高くして寝ることは叶うまい。
関中での攻防が激しくなされる中、「府王皇海」が関中撤収の気配を見せた頃、山東の州都・許昌が府王皇海と須哩の軍勢に包囲された。
全土に激震が走る。「山東勢が『放浪軍』の実現に動いている。さらに密かに皇家と通じ、放浪軍としてつながることに内諾を得たようだ。」このような噂が、途切れることのない波紋のように津々浦々に広がっていった。
その頃須哩は、ありとあらゆる状況を想定して、檄文を諸将へ発していた。
「山東の瓦解を防ぐため、高唐の埠頭からの河北勢の侵攻を留めよ。ただし諸将の兵の鍛錬を第一義とせよ。国士として須哩に残る者、放浪軍として闊歩する者、それぞれの思いもあろうが、どちらにしても、兵の増強が我らの未来を創る。」
「力なき理想は画餅である。諸将、力をつけよ!」
須哩の一同は、混迷の時代にあっても、諦めることなく、未来を求め続けて、努力を重ねていた。
【章末】
【第八章】
その頃、須哩内でちょっとした動きがあった。長く丞相を務めた櫂がその職を辞した。後を務めるのは、若い杓であった。
温和で智的な櫂の人柄を頼りに、和睦友好の道を探っていた荊楚の国々からすると、大きな問題であったが、須哩内では大きな影響はなかった。一線を退くとはいえ、櫂は議席に席を残し、杓の後見として補佐に当たっていたからだ。後を受けて丞相の任についた杓は、明朗快活。誰でも分け隔てなく接するので、皆に好かれていた。つまり、穏やかな世代交代が進んだだけであった。
世代交代といえば、一番の老臣、昇である。日々刻々と変わりゆく全土の情勢を眺めながら、昇は、若き頃、父から言われた言葉を思い出していた。
「琉よ。」昇豪、昇の父である。
「はい、父上。」
「琉よ。そなたは人が良すぎるところがある。であるから、あえて教えよう。隣にある者を、信用しても良いが、信頼してはならぬ。」
父の面持ちから、とても大切な説諭であることは感じ取ったが、その意を解する事が、その頃はできなかった。
「父上、未だ学びの足らぬ私には、意を解する事ができませぬ。ご教示ください。」
「うむ。信用と信頼の違いがわかるか。信用とは信じて用いること。信頼とは、信じて頼ることじゃ。ある程度、信じて用いることは、そなたの利となるであろう。しかし、信じて頼ってしまい、相手に寄りかかってしまうと、相手が裏切った時、そなたの足元が掬われる。」
「なるほど。」
「あくまでも、そなたの生き方の軸は、そなたの中に置け。そなたの人生という船の櫂は、そなたの手から離してはならぬ。友に手伝いを求めることはあっても、そなたの船は、そなたの手で漕ぎ続けるのだ。永遠不滅にそなたを裏切らぬ友は、一人もいないと心得よ。」
その教えを、昇は事あるごとに反復し、心がけとした。
妻を娶る時も決して「私が幸せにする。」などとは言わなかった。それは自身の思い上がりであると考えた。そこで、「共に相互の幸せを築き上げよう。」と伝えた。妻も明晰な女性であったので、「もちろんです。私の幸せは私の手で掴みます。その手伝いをあなたにしていただければ、それで十分です。」そう答えた。
部下を得た時も、「貴殿が功を成すも成さぬも、そなた次第である。儂は、指導し手伝うことはあっても、貴殿に気概と努力がなくば、立身出世はおぼつかぬ。儂に引き上げてもらおうなどと、夢にも思うでない。」と告げていた。
己の人生を、人に委ねてはいけない。力を合わせることはあっても、人に寄りかかってはいけない。自分の人生は、常に、そして最後まで、自身の覚悟と努力で作り上げる。この考え方は、原理である。
移りゆく世の趨勢を眺めながら、昇は改めて心に刻んだ。
【章末】
【第九章】
静観を約していた荊楚が、突如、反旗を翻して江漢への侵攻を目論んだ。公安港は奪還したものの、夷陵は睨み合いの状態となった。また、西涼と組んだ巴蜀も関中から江漢への侵攻を目論み、西城を攻めたが、須哩一同の機略溢れる防衛の前に、半刻ほどで攻略を諦めた。
一方で府王皇海は、須哩の合力を得て、ついに洛陽のある司隷への道、析県を手中に収めた。府王皇海の女王は、荊楚から宣戦布告を受けながらも、停戦の道を探り、外交を重ねていた。絶対的強者の余裕でもある。
しかし、荊楚の平和外交を心から信じていた須哩の若き女王・惹州公は、その優しい性格からは珍しく、荊楚の裏切りに、激しく腹を立てていた。
「激しい怒りで、顔のむくみが収まらなーい!」
苦笑する幕臣の前で、そう叫びながらも、彼女は着々と次の手を練っていた。
「西安を抑えちゃおう。準備が相手に悟られぬように、西安から一定の距離を保って集合をかけるよ。」
「外交官は、前に向こうから提案してきた合同での鷹狩りを、まだやる気でいると思わせておいて!」
先王や王座を一時預かった叔父が、女ながらも迷わず彼女に王座を継がせたのは、この機略の豊富さあればこそである。
点心を頬張りながら、次々と策が生まれてくる。
「うっ!」突然、惹州公が叫びを上げた。
幕臣の多くが、先王の倒れた時を思い出して騒然とする中で、昇ひとりが微笑んでいる。昇が茶器に手を伸ばそうとした時、すでに湯呑みに茶を満たし、惹州公の元へ運ぶ者がいた。
瓊衣瑠。若き女性幕臣のひとりである。昇から多くを学び、成長の著しい若者である。
「上様、そんなに慌てて点心を頬張ってはいけません。」そう言って湯呑みを惹州公に差し出す。元々、学府で歴史を研究する女性であったが、梨園で少女時代の女王と親しくなったことをきっかけに配下として招かれた。
しかしこの頃は、周囲への声の掛け方、所作、緊急時の判断の速さ。そして行動力。日を追って昇に似てくる。いや、行動力は昇を凌駕する活発さである。その姿に、誰もが昇の後継者として疑わなかった。「昇が若さを取り戻し、女性となったら瓊のようであろう。」そう言う者もあった。
瓊から湯呑みを受け取り、喉に詰まった点心を流し込んで、惹州公は照れたように笑いながら、声をかけた。
「的確な状況判断と決断力・行動力の速さ。まさに大将としても有望だな、衣瑠は。」
「もったいないお言葉です。」そう言って瓊も微笑んだ。
咳を一つして、惹州公が皆に向き直る。
「みんな、ともかく、西安を取るよ!須哩の存在感を見せつけよう。それが南への牽制になり、府王皇海の洛陽制圧を助け、私たちにとっても新しい道になる。」
【章末】
【第十章】
その日、各地でそれぞれの国が攻城戦をほぼ同時刻に行った。それも西安奇襲作戦を成功に導く一因となった。
しかし、何よりも女王・惹州公、及び大将軍・良の周到な準備があればこそであった。惹州公の西安攻略に向けた機略を形の整えた良は、諸将に丁寧な行軍指示を出した。
西安から五里、視野の届くギリギリのその外に弧を描くように150を超える部隊が集結。静かに時を待った。
戦場において静かに控えるということは、練兵と指揮系統の徹底あればこそである。結果として、須哩の動向は他国に全く悟られることがなかった。それによって西安対岸の国々は、幕舎をいくつか設置したもののほとんど兵を西安に配さずにいた。
攻城開始予定時刻の30分前。大将軍・良が悠然と戦場に姿を現した。
「諸将、奇襲は成功せり。敵は無人。妨害を恐る必要なし。今から兵を対岸に向かわせることも不可能であろう。」
一息置いて、進軍の指示が出た。
「諸将、西安直近まで、進軍せよ!」
150を超える部隊が一斉に西安に向かっていく。その風景の荘厳なこと類なし。
西安対岸で監視を行なっていた敵の兵は、突如として現れた大軍に腰を抜かして、馬に飛び乗り逃げ去った。
「太尉、開戦の号令をお願いしてもよろしいか。」良が言う。
開戦を待つ諸将に、昔話などをしながら、はやる気持ちを抑えていた太尉・昇の静かなる功への報いである。
「では謹んで、儂が号令つかまつる。」昇が応じる。
「諸将に伝達!先陣は府王皇海の猛者が務める。その後、我が号令に従って進軍となる。皆の者心得よ。」
時が来た。
「攻撃開始!まずは、駐城部隊の殲滅を行う。殲滅部隊、進めぇ!」
昇の号令一下、各将麾下の選りすぐりが西安に襲いかかる。これまでの自強政策で鍛え抜かれた部隊は、170万を超える駐城兵を瞬く間に薙ぎ払う。残るは防衛部隊のみ。
「攻城兵器隊、進軍せよ! 城壁を攻め崩せ。活路を開けよ。」
総攻撃が始まった。対岸で邪魔をするものはなく、怒涛の攻撃を妨げるものは何もない。
半刻もたたぬうちに、西安は、須哩の手に落ちた。こうして江漢・江夏郡と江東・豫章郡をつなぐ要所は、須哩の支配下となり、江東から江漢への敵進軍を大きく留めることとなった。
「予定通りね。」気づくと陣頭で奮戦してた惹州公が笑顔で言う。
「さて、次は司隷。友国・府王皇海と共に、虎牢関を抜くよ。」
先日、析県を抜いた府王皇海は、兵を連ねて虎牢関へと迫っていた。虎牢関は大城。須哩の助力は必要である。勝ち戦の余韻の中、諸将は次なる戦場に向けて、兵を動かした。
【章末】
【第十一章】
府王皇海の援軍として、虎牢関へ向かった須哩の一行であったが、攻城開始1時間前に、引き継ぐはずの攻城拠点が確保されていないことがわかった。
このまま引くか。
しかし、府王皇海が洛陽への道を確保する事は、友好国として重要な要素である。そこで、現場にいた櫂、皇己、瓊衣瑠、李奏の精鋭四氏が怒涛の勢いで道を切り開いた。高い丘や未だ堅牢な廃墟。これらを越え破壊しながら進む決死の行軍であった。攻城開始直後になんとか攻城拠点を切り開き、後方に控えていた須哩の攻城兵器部隊を見事に前線へ導いた。集まった兵器部隊の功はもちろんだが、先の四氏の活躍なくしてはなし得ない参陣であった。
結果として、無事に虎牢関を制圧することができた。府王皇海は休むことなく次の足場の確保に転進した。須哩の一行は、府王皇海の面々からの熱烈な謝意を背に受けながら、江漢へと引き上げていった。
司隷西部の弘農郡には西涼・巴蜀の連合軍が、北部の河内郡には河北軍が迫っていた。虎牢関とその先の埠頭は抑えたものの、河南尹にそれらの国がなだれ込めば、洛陽周辺は混乱の渦となる。粛々と洛陽を抑えるためには、それを食い止めねばならない。
府王皇海軍は、進路を北に転じ、孟津の埠頭へ向かう。戦備が整った頃には対岸に河北軍が集まり始めていた。先手必勝。虎牢関等攻略の疲れも見せず、勢いを持って進撃し、孟津を制圧。
ついで、西進して洛陽を越え、一路、函谷関へ。ここでは西涼・巴蜀連合軍が既に大軍を反対側に展開していた。奪い合いである。激戦の末、函谷関も府王皇海が制圧した。
伝令からもたらされる、これらの状況を聞きながら、須哩宮中、女王・惹州公の前では、論功行賞が議論されていた。司隷への進出を府王皇海から提示されていたからでもある。
「いいよ、って言われて、無制限に許可すると、下手をすると、簒奪軍になってしまう気がするんだよね。」と惹州公。
「ですね。司隷は都のある州。大地の豊かさは他に類を見ぬほどです。それを目にすれば、欲に目が眩む者も出るでしょう。最悪、仲間同士で領地問題も起きかねません。」と答えたのは瓊衣瑠である。
「そこで。」惹州公は声を張る。
「これまで、危険を顧みず要所に城を構えてくれた者、自強を犠牲にして高唐防衛に身を投じてくれた者。もう一つは、国に貢献しながらも領地の少ない者を、まず優先したい。」
「良いお考えかと。」昇が応える。
「それでね、各部隊長から推挙してもらおうかと思うんだけど。どうだろう。」幹部たちの意見を大事にしたい。惹州公はその思いから提案した。
「良いお心掛けとは思いますが、」昇が告げる。
「儂もそうですが、自身の部下は可愛いものです。どうしても贔屓目が出てしまう。我らを大切にしてくださる想いには感謝を述べつつ、どうか、公がお選びください。君主としての判断と責任のもとに。」
臨席した一同にも異議がなかった。
「わかった。じゃあ、私が選んで示すから、意見があったら教えてね。」
後日、惹州公が候補者を挙げた。幹部に異議のある者はいなかった。選ばれた中に、一際若い少年剣士・羅宗の名もあった。
【章末】
【第十二章】
「そろそろさ、大きなお城を増やそうよ。」無邪気に惹州公が言う。その言葉の無邪気さの下には、綿密な計算が隠されていた。
「まずね、淮南郡の郡城・寿春。覚えてる?最初の埠頭同時攻略を実現したの、淮南郡だよ。だから、この郡を手に入れよう。」
かつては、須哩の目標であった郡城。しかし、惹州公の自強政策が功を奏し、逞しくなった諸将にとっては、敵ではなかった。
集兵も滞りなく、予想以上の兵数が集まった。しかし、郡城。守備兵は1隊あたり1万を超える強兵。それが30隊。油断はならない。
しかし、想像を越える無双が現れた。まずは紗裡麾下が5隊を殲滅。続く鄧麾下が9隊を薙ぎ払い、更に5隊を薙ぎ払う。合わせて鄧の配下が14隊を殲滅するという無双ぶりを発揮。
その後、羅宗、瓊衣瑠が1隊ずつ殲滅し、銅鑼怒が8隊。最後の1隊を昇の部隊が殲滅した。
その勢いは城壁破壊でも衰えることなく、あっという間に寿春は、須哩の手に落ちた。
「よし!次は、新しい拠点にした江漢の江夏郡を抑える!」新しい料理を注文するように、惹州公は宣言する。
江漢は資源州。そこを治める郡城・江夏は、ひと回り堅牢である。だが、寿春を手に入れた、須哩諸将の士気は高い。攻略は難しくはない、はずだった。
しかし、この日、地域は台風並みの暴風雪に見舞われたり、雪崩が続発するなど、諸将の足並みを大いに妨げた。集兵が不十分な状態で、攻城開始となった。
太尉・昇の号令で始まるのだが、集合時間になんとか兵を集めるものも見られた。その焦りもあったのであろう。不幸は重なる。
昇の指示は、二段階である。まず、攻城兵器以外の進軍を指示する。駐城部隊の殲滅である。そして、駐城部隊の排除が終わった段階で、攻城兵器の突入指示が出る。
しかし、この日、指示が正しく伝わらなかった。駐城部隊排除のための殲滅部隊突入の合図で、あろうことか何隊もの攻城兵器部隊が突入を開始してしまった。
「なんで!なぜ、兵器が突っ込んでる!あれじゃ、やられる!!」惹州公が叫ぶが、時すでに遅し。
何隊もの兵器部隊が駐城部隊の返り討ちにあい、壊滅する。
「くっ。こんな日に。」
空気が澱む中、昇はもちろん、惹州公、櫂が激励を飛ばし、士気を維持する。宮殿から増援が到着するまでの一時間。この間に、制圧しなければ、逆に排除されてしまう。
窮状を知った友軍・府王皇海の将たちが急ぎ兵を集め、救援に駆けつけた。それでも時間ギリギリである。
中央からの援軍が到着した。今、城壁に取り付いている兵が、城内に入ることができなければ、補充された兵により、根こそぎ排除されてしまう。
ここまでか。諸将の胸にそんな言葉が、横切った。
その時。
「伝令。申し上げます。武儀蔵隊が、城内への侵入に成功。城内を制圧!門が開きます!!」
「うぉぉぉぉぉ!」
「全軍、入城せよ。江夏は我らのものじゃあ!」
危機一髪。壊滅の危機を逃れ、須哩の諸将は、江夏城をその手中に収めたのである。
【章末】
【第十三章】
江夏への入城を果たした須哩は、郡を統べるものとして、江漢・江夏城を首都として帝国の建国を宣言した。すでに、故郷である山東・淮南の寿春城も抑えていたので、2郡を治める帝国である。宣言から世間に知れ渡って成立までほぼ一日の時を要する。
江夏攻略の夜、惹州公および幹部の者たちはすぐに会議を持った。
「建国の宣言は出した。明日の夜には成立されるであろう。国号は「魯」これも問題なかろう。次をどうするか、じゃが。」丞相の杓が口火を切る。
「我らの多くは江夏郡へ移っておるが、故国・山東に残る者も多くある。彼らを守るためには、山東に城が少ない。あと、幾つかの城を支配せずば、ことある時の救援に支障ありましょう。」太尉の昇が提言をする。そしてこう続けた。
「河北との争いを念頭に置けば、汝南北部の睢陽、泰山郡は奉高の他に済北も抑えたいところです。」
臨席した者に異議はなかった。
「よし、じゃあ、明日、両方とも取ろう!大将軍と太尉で、計画練って。」屈託なく、惹州公が言う。
「御意!」
そして、江夏からの移動も考慮して、まずは睢陽。そして二刻後に北へ転進して済北を攻略する旨が、全軍に周知された。
実のところ、不安はある。睢陽は小城であるが、そこから転進しての済北。二刻の間はあったが、兵の士気が持つか。
杞憂であった。睢陽は半刻ほどで陥落。その後の済北攻略開始も支障なく、睢陽よりも大きな済北は、なんと四半刻で陥落した。
ここまでくると不安は霧散する。
「よし、汝南郡も支配下に置く!明日、汝南城を落とそう!いけるよね!」と惹州公。
「お望みとあらば。即座に計画立案にかかります。」と昇。体は加齢により衰えを見せるが、思考はいまだに速い。すぐさま、駐城部隊の規模、防衛隊の兵数、城壁の耐久値などを割り出し、それに対応するための編成が細かく全軍に指示された。
その後、山東の支配について議論がなされた。方向性は明確に示す君主の惹州公だが、何より人の意見にしっかりと耳を傾ける。
「山東のね、この後の支配・防衛体制について、皆の意見を聞きたいの。よろしくっ!」
山東には他にもいくつかの勢力がある。彼らの生きる道をなんとか残してやらねば、それこそ放浪軍となり暴れ回ってしまう可能性がある。
故国・山東をめぐる議論は、夜を徹して行われた。そして、最後は君主の責任の元、今後の方向性が示された。
「よし。方向性は決まった。まずは、明日の汝南。全力でいこう!」
【章末】
【第十四章】
汝南城の攻略は、あっけないほどであった。多いと思われた駐城部隊は、蒸発するかの如く、あっという間に排除され、その後の城壁攻略・入城も時を置かず達成された。
江夏・淮南・汝南と3つの郡を制圧した須哩であったが、その時、山東に不穏な空気が流れ始めていた。
山東を拠点として、須哩と友好関係にあった国・暴童が、江南の国・独虎と密かに結び、反抗の動きをとっていた。また、友好ではないもののこれまで須哩に対しては中立的な立場をとっていた国・繚花が、須哩の埠頭への攻撃を試みた。
暴童の外交官は、敵対するつもりはない、と口では言っているが、物見の報告としては、独虎と並んで九江港に兵を配していた。一気に手のひらを返し、山東内での攻撃開始と九江攻撃を同時に行う可能性も否定できない。
繚花からは、数名が須哩へ移って来てたが、結果として、好戦的な将が繚花に残る形となっていた。外交の門も閉じられてしまった。これまで須哩との共存に理解を示していた繚花の外交官が、繚花を離れてしまい、外交官不在のまま敵対行動を開始した。平和的な解決は難しくなってしまった。
「どうするか?」惹州公が言う。
「相手がそのつもりなら、受けて立ちましょう。殿の自強政策は先日の汝南攻略でもわかるように、十分に功を奏しております。皆が笑顔にという理想に変わりはありませんが相手が刃を持って向かってくるなら、こちらも応えましょうぞ。」太尉・昇。
「上様、問題ありません。早速手を打ちます。お任せください。」瓊が続く。
「わかった。その方向で進めよう。よろしくね。」と惹州公。
「まずは夏口。見える形で防御を拡大して、抑止力としましょう。」
防衛布陣が功を奏し、夏口への侵攻の兆しは消えた。
一方、九江港は臨戦体制となった。北岸に府王皇海・須哩の連合軍、南岸に独虎・暴童の連合軍。暴童は、須哩との友好旗を上げたままなので、須哩ー暴童間の戦闘ができない。
兵力差は圧倒的に北岸の方が有利であった。その状況から北岸はしばらく様子を見ることとした。南岸勢が九江港の守備駐留を退け、城壁耐久がある程度下がるまで、行軍を控えた。
王朝からの援軍到着の10分前、南岸からの攻撃が弱まったところを見越して300を越える部隊が北岸から攻めかかった。
誰もが、北岸が港を奪取する。そう思っていた。しかし。
混戦の中、守備基地に侵入し、城門を内から開いたのは、なんと暴童の部隊であった。
「え!また!」須哩の一同が、異口同音に叫ぶ。他勢力と奪い合う状況で、このような低確率を相手に持っていかれることが、何度もあったからだ。「まさか」の連続。
「しょうがない。勝ち負けは天運の要素も大きい。気落ちせずに、次を考えよう。外交関係はこれで大きく動く。相手から動かされる前に、こっちから動かすから。暴童との友好切り、暴童と独虎に宣戦布告をする。」
明快に惹州公が宣言する。この明快さが、返って諸将の戦意に火をつける。その時、惹州公の膝が震えているのを、瓊だけが見逃さなかった。
「上様、大丈夫です。皆でお支えします。」瓊が惹州公の耳元でそっと囁いた。
【章末】
【第十五章】
翌日の昼。須哩は九江港へ猛反撃を行った。須哩から友好を切られ更に宣戦布告を受けた暴童は、主力を山東へ移していた。そして独虎は九江の備えを怠った。元々、自国の弱さを自認していたので、戦争には消極的であった。
九江港の攻略は、多少の抵抗はあったものの、ほぼ無人の状況を攻める形となった。
「抜いたら、そのまま進軍。対岸の幕舎を一掃するよ!」惹州公の一言はすぐさま全軍に伝えられ、怒涛の勢いで対岸の幕舎群は一掃された。
「次、彭沢城まで攻めて、江東の足場とします。江東には山東にゆかりのある豪族がいるから、彼らを、彭沢城を拠点に吸収します。」
いつの間に、そこまで描いていたのか。惹州公の指示は澱みがない。
「あと、山東の攻防は、鄧、任せたよ。」
過日の寿春城攻略で無双ぶりを発揮した鄧。惹州公の信頼も高い。諸将の兵を牽引して、汝南郡・安風を拠点に、淮南郡の暴童の拠点へ攻め入った。
一方、江東では、九江港から南東へ、鄱陽郡北部を、彭沢城に向けて進軍の列ができていた。足場部隊の列と思ったのか、中規模の部隊が突撃をしてきたが、昇の中堅部隊に一蹴された。
「我らの怒りがその程度の兵で砕けると思うてか!」珍しく顔に怒気を現し、昇が言い捨てる。
「ご老体、ご無理はなさいませぬように。」
「たわけ!この程度、準備運動にもならぬわ。」
今は温和な人格者として慕われている昇であるが、若き頃は、暴虐の魔神と恐れられた武人でもあった。その時の気性が、今回の裏切りとも言える侵攻に呼び起こされたようだ。
その頃、北で政変が起こる。府王皇海と激しく争っていた森翁国が、なんと府王皇海と友好関係を結んだ。ひとえに府王皇海の女王・真泉の諦めぬ外交の成果である。
森翁を後ろ盾に期待してた暴童はもちろん、足並みを揃えていた西涼や巴蜀の国々には激震が走った。全土での勢力第一位の府王皇海、第二位の森翁。この2国の友好提携は、時代を大きく動かすこととなる。これは、府王皇海の実直さを慕い、付き従ってきた須哩にとっては、何よりの吉報であった。
さらに、一度は敵対し動静を悩んでいた繚花が、須哩に従うことを決意した。敵陣営と警戒していた国々の動きに大きな変化が生まれたのである。
言わずもがな、これは須哩にとっては、「順風」である。
西涼・巴蜀の国が、合力して西城を攻めにきたが、須哩の守備陣の機略に富んだ防衛戦略の前に、時を置かずして撤退させた。
また江東もその日のうちに目的地である彭沢城まで兵を進めた。独虎は、兵数はあるものの、その兵は弱く、資源量の不足もあるのか、十分な兵を揃えることもできない状況である。
「彭沢、明日の夜、一気に落とすよ。」にっこりと笑いながら、惹州公が告げる。
3点同時反攻。須哩はこれほどまでに力をつけていた。ひとえに、君主の明朗なる判断と、君主への諸将の信頼。諸将の一致団結のなせる技である。
「時代は動くよ。気を抜かず、でも笑顔を忘れず、走り抜けるよ!」惹州公の笑顔に、皆の意気は大いに上がった。
【章末】
※本作の舞台設定はユーザーのオリジナルです。実際の三国志時代の中国とは異なる点もありますのでご了承ください